イタグレや日本スピッツを初めてお迎えになった飼い主さんから、
よくこんな相談をいただきます。
「うちの子が私の足や腕にしがみついて腰を振るんです…
これって何かのしつけが足りないんでしょうか?」
この行動は「マウント行動」や「マウンティング」と呼ばれています。愛犬がこの行動をしているのを見ると、恥ずかしくなったり、「うちの子、大丈夫かな…」と心配になったりしますよね。
でも、安心してください。
最新の研究では、この行動は「ワンちゃんが飼い主さんをなめている」とか「自分がボスだと主張している」わけではないことがわかっています。
このブログでは、マウント行動の本当の意味と、愛犬を叱らずにできるやさしい対処法について、わかりやすくお伝えします。
実際に当犬舎にも興奮しマウントをとってしまう子もおります😭
「ボスになりたがっている」は誤解だった!
よく聞く「アルファ説」って何?
「犬がマウントするのは、自分がボス(アルファ)だと示すためだ」
こんな話を聞いたことはありませんか?
テレビや本、ネットでもよく見かける説明ですよね。
実際に私もそう教わり、アルファについて信じておりました。
実はこの考え方、もともとは動物園で飼われていたオオカミを観察した1930〜40年代の古い研究がもとになっています。
当時の研究者は、オオカミたちが激しく順位を争う様子を見て、「オオカミには絶対的なボス(アルファ)がいる」と考えました。
そして「犬はオオカミの子孫だから、犬も同じようにボスになりたがる」という理論ができあがったのです。
でも、この研究には大きな問題があった
ところが、この研究で観察されたオオカミたちは、本来は別々に暮らしていた他人同士を、人間が無理やり狭い場所に閉じ込めて作った「不自然なグループ」でした。
人間で例えるなら、見知らぬ人たちを狭い部屋に押し込めて、「人間の家族ってこうやって暮らすんだな」と結論づけるようなもの。
それではうまくいかないのは当然ですよね。
野生のオオカミは「家族」で暮らしていた
その後、アメリカの研究者デビッド・メック博士が、
13年もの長い時間をかけて野生のオオカミを観察しました。
すると驚くべきことがわかりました。
自然の中で暮らすオオカミの群れは、「ボスが支配するグループ」ではなく、「お父さん・お母さんと子どもたちの家族」だったのです。
メック博士は1999年に発表した論文で、「野生のオオカミの群れでは、ボスの座をめぐる争いはほとんど、あるいはまったく存在しない」と報告しています。
博士自身、かつて「アルファ(ボス)オオカミ」という言葉を広めてしまったことを反省し、「この言葉は誤解を招くから使うべきではない」と訂正しています。
2024年の科学雑誌のインタビューでも、「人間のお父さんを『アルファオス』と呼ぶ人はいないでしょう?オオカミも同じです」と語っています。
そもそも、犬と人間の関係に「ボス争い」は当てはまらない
さらに大切なポイントがあります。
犬と人間の暮らしを考えてみてください。
ごはんをあげるのは誰ですか?お散歩に連れて行くのは?おうちを用意しているのは?
すべてオーナーさんですよね。
犬自身もこのことをちゃんとわかっています。
マウント行動ひとつで、この関係をひっくり返そうとしているわけではありません。
2008年には、アメリカの獣医たちの専門団体(AVSAB)が、
「犬の問題行動を『ボスになりたがっている』と解釈するのは間違い」という公式の声明を出しています。
じゃあ、なんでマウントする?~本当の理由~
「ボスになりたいわけじゃない」としたら、犬はなぜマウント行動をするのでしょうか?
研究によると、主に次のような理由が考えられています。
理由1:興奮しすぎて気持ちがあふれている
飼い主さんが帰ってきたとき、お客さんが来たとき、楽しく遊んでいるとき…
犬が「うれしい!」と興奮しすぎると、その気持ちの行き場がなくなって、マウント行動として出てくることがあります。
獣医向けの専門誌では、「興奮や不安が、犬がマウントする主な理由である可能性が高い」と報告されています。
人間でも、緊張したときに無意識に髪をさわったり、足をゆすったりする方もいますよね。
犬のマウント行動も、それと似た「気持ちがあふれたときの行動」なんです。
特にイタリアングレーハウンドは感受性が豊かで興奮しやすい子が多いですし、日本スピッツも元気いっぱいで遊び好きなので、
こうした行動が出やすいかもしれません。
理由2:不安やストレスを感じている
「うれしい」だけでなく、「なんだか落ち着かない」「どうしていいかわからない」という不安な気持ちからマウント行動が出ることもあります。
たとえば、知らない人が来て「この人、どんな人だろう?」と緊張しているとき。
嬉しさと不安が混ざり合って、その気持ちの行き場としてマウント行動が出ることがあるのです。
理由3:遊びの延長
特に子犬や若い犬の場合、マウントは「遊びの一部」であることも多いです。
犬同士で遊んでいるとき、お互いにマウントし合って、「今度は僕の番!」「次は私!」と役割を交代しながら遊ぶのは、健全な遊び方のひとつです。
ただ、人間に対してやると困ってしまいますよね。
これは「遊び方を間違って覚えている」状態なので、
正しい遊び方を教えてあげる必要があります。
理由4:「かまってほしい!」のサイン
犬は飼い主さんの反応をよく見ています。
以前マウントしたときに、飼い主さんが「コラ!」と反応したり、
手で押しのけたりしたことはありませんか?
犬にとっては、叱られることも「かまってもらえた!」という一種のごほうびになることがあります。
すると、「マウントすると飼い主さんがこっちを向いてくれる」と学習してしまうのです。
理由5:体のどこかが気になっている
見落とされがちですが、体の不調が原因のこともあります。
おしっこのトラブル、皮膚のかゆみ(アレルギーなど)、生殖器の違和感などがあると、その部分を刺激して気を紛らわせようとすることがあります。
もしマウント行動が急に増えた場合や、やたらと体をかいたり舐めたりする様子があれば、まず獣医さんに相談してみてください。
「去勢すれば治る」は本当?
「去勢手術をすればマウントしなくなる」という話もよく聞きます。
実際のところはどうなのでしょうか?
研究結果:改善する子もいれば、変わらない子もいる
アメリカの大学で行われた研究(57頭のオス犬が対象)では、去勢手術後のマウント行動について次のような結果が出ています。
・約6割の犬で、マウント行動が半分以下に減った
・約3割の犬で、マウント行動がほぼなくなった
つまり、去勢手術で改善する子は確かにいます。
でも、手術しても変わらない子も少なくないということです。
これは、マウント行動がホルモン(男性ホルモン)だけで決まるわけではないことを示しています。
興奮しやすい性格や、すでに身についた習慣は、手術だけでは変わらないことがあるのです。
注意点:不安が強い子は慎重に
最近の研究では、去勢手術によって不安が強くなる可能性も指摘されています。
もともと怖がりだったり、緊張しやすい性格の犬の場合、去勢手術が逆効果になることもあるかもしれません。
去勢・避妊手術については、マウント行動だけでなく、愛犬の性格や健康状態も含めて、かかりつけの獣医さんとよく相談して決めることをおすすめします。
やってはいけない対処法
マウント行動を見ると、つい「コラ!」と叱りたくなりますよね。
でも、強く叱ることはおすすめできません
叱ると逆効果になることがある
叩いたり、大声で怒鳴ったり、無理やり仰向けにして押さえつけたり…
こうした対応は、一時的にやめさせることはできても、根本的な解決にはなりません。
それどころか、かえって問題が悪化することがあります。
アメリカの獣医たちの研究によると、叩く・睨みつける・押さえつけるなどの強い対応をすると、
犬が飼い主さんに対して攻撃的になってしまうケースが報告されています。
なぜ叱ると逆効果なの?
マウント行動の原因が「興奮」や「不安」だった場合を考えてみてください。
犬は気持ちを落ち着かせようとしてマウントしているのに、
そこで叱られたら…もっと不安になってしまいますよね。
また、叱るタイミングがずれると、犬は「マウント=ダメ」ではなく、
「飼い主さん=怖い」「お客さんが来る=嫌なことが起きる」と間違って学習してしまうことがあります。
これでは信頼関係にヒビが入ってしまいます。
やさしく効果的な対処法~今日からできること~
では、どうすればいいのでしょうか?
叱らなくてもできる、効果的な方法をご紹介します。
ポイントは「予防する」「別の行動を教える」「気持ちのコントロールを練習する」の3つです。
方法1:マウントできない状況をつくる(予防)
◆ 静かにその場を離れる
マウントが始まったら、怒らず、笑わず、何も言わずに遊びをやめます。犬を別の部屋に1〜3分ほど連れて行くか、飼い主さんがその場を離れましょう。
落ち着いたら戻って、また一緒に過ごします。
これを繰り返すと、犬は「マウントすると楽しい時間が終わっちゃう」と学習します。
◆ リードをつけておく
お客さんが来るなど興奮しそうな場面では、あらかじめリードをつけておきましょう。興奮してきたらリードを短く持って、マウントできない距離を保ちます。
これは「罰」ではなく、単に「できない状況をつくる」だけです。
◆ きっかけになるものを片付ける
特定のクッションやぬいぐるみにマウントする場合は、それを犬の届かない場所に片付けましょう。
行動は繰り返すほど習慣になります。「やらせない」環境づくりが大切です。
方法2:マウントの代わりにできることを教える(対立行動分化強化)
マウントしそうになったら、代わりに「オスワリ」や「フセ」をさせる方法です。
座っている状態や伏せている状態では、マウントはできませんよね。
これを利用します。
【やり方】
-
マウントする前のサインを覚える
(そわそわする、近づいてくる、息が荒くなるなど) -
サインが見えたら「オスワリ」と声をかける
-
座れたら、すぐにおやつをあげて「いい子!」とほめる
-
その後、おもちゃで遊ぶなど、別の楽しいことに誘導する
これを続けると、犬は「興奮したときは座ればいいんだ」と学習していきます。
方法3:「興奮→落ち着く」の切り替え練習
マウント行動は興奮がピークのときに起こりやすいので、
「興奮しても自分で落ち着ける力」を育てることが大切です。
【ゲーム感覚でできる練習法】
-
おもちゃで遊んで、わざと犬を興奮させる
-
遊びの途中で急に動きを止めて、「オスワリ」と言う
-
座って落ち着くまで待つ
-
落ち着いたら、また遊びを再開する(これがごほうび!)
このゲームを繰り返すと、「興奮しても、言われたら落ち着ける」という自制心が身についていきます。
方法4:そもそも興奮しすぎないようにする
興奮しやすい場面(帰宅時、来客時など)での接し方を工夫しましょう。
◆ 帰宅時のコツ
・帰ってすぐは犬をかまわず、まず荷物を置いたり着替えたりする
・犬が落ち着いてから、静かに「ただいま」と声をかける
・最初から大げさに「会いたかったよー!」と興奮させない
◆ 来客時のコツ
・お客さんが来る前にリードをつけておく
・最初は犬を別の部屋で待機させ、落ち着いてから合流させる
・お客さんには「最初は目を合わせないで」とお願いしておく
第6章:子犬のうちにできること
子犬同士のマウントは普通のこと
子犬同士が遊んでいるときにお互いマウントし合うのは、実は健全な遊びの一部です。
「今度は僕が上!」「次は私!」と役割を交代しながら遊ぶのは、社会性を学んでいる証拠です。
他の子犬と遊ばせると、
「やりすぎると相手が遊んでくれなくなる」というルールを自然に学んでくれます。
人間へのマウントは早めに対応を
一方、人間に対するマウントは、
子犬のうちから「それは違うよ」と教えてあげましょう。
子犬がマウントしてくるのは「ボスになりたい」からではなく、
単に「遊び方がわからなくて興奮している」だけのことがほとんどです。
おもちゃを使った引っ張りっこや、ボール遊びなど、
人間と犬の両方が楽しめる遊び方を早いうちから教えてあげてください。
おわりに:愛犬の「声」に耳を傾けて
マウント行動は、飼い主さんにとっては困った問題かもしれません。
でも、犬の立場で考えると、
それは言葉にできない気持ちの表れかもしれないのです。
「興奮しすぎて気持ちがあふれちゃった」
「なんだか不安で落ち着かない」
「体のどこかが気になる」
そんな愛犬からのメッセージを、受け止めてあげたいですよね。
大切なのは、「ボスになりたがっている」という古い考えにとらわれて力でおさえつけることではなく、
愛犬の気持ちに寄り添いながら、穏やかに正しい行動を教えてあげることです。
覚えておきたいポイント
✓ マウント行動が急に増えたら、まず獣医さんに相談
✓ 「ボスになりたがっている」ではなく、興奮や不安が原因のことが多い
✓ 叱らずに、「静かに中断」「別の行動を教える」で対応
✓ 去勢手術は万能ではないので、獣医さんとよく相談を
✓ 子犬のうちから正しい遊び方を教えることが予防になる
愛犬のマウント行動に困っている飼い主さんにとって、
このブログが「うちの子の気持ちがわかった!」と思えるきっかけになれば嬉しいです。
ご質問やご相談があれば、お気軽にラーテル犬舎までお問い合わせください。
参考文献
・Mech LD. Alpha status, dominance, and division of labor in wolf packs. Canadian Journal of Zoology. 1999;77(8):1196-1203.
(野生オオカミの群れ構造に関する研究)
・Neilson JC, Eckstein RA, Hart BL. Effects of castration on problem behaviors in male dogs with reference to age and duration of behavior. J Am Vet Med Assoc. 1997;211(2):180-182.
(去勢手術と問題行動に関する研究)
・Herron ME, Shofer FS, Reisner IR. Survey of the use and outcome of confrontational and non-confrontational training methods in client-owned dogs showing undesired behaviors. Applied Animal Behaviour Science. 2009;117(1-2):47-54.
(しつけ方法と犬の反応に関する研究)