はじめに
「せっかく何年も一緒に暮らしてきたのに、どうして手放すの?」
引退犬の里親募集をしていると、
時々こんな質問をいただくことがあります。
確かに、3年、4年と一緒に暮らしてきた子を手放すというのは、
簡単な決断ではありません。
まして、自分の手で取り上げた子であればなおさらです。
今回は、なぜ私がブリーディングを引退した子たちに
新しい家族を探すのか、
その理由についてお話ししたいと思います。
少し長くなりますが、ブリーダーとしての責任と、
犬たちへの想いについて、正直にお伝えできればと思います。
結論から言えば「その子の幸せのため」
まず結論からお伝えすると、引退犬を里親に出す最大の理由は、
その方が犬たちにとって幸せだからです。
「え、犬舎にいたら不幸せなの?」と
思われるかもしれません。
もちろん、そういうわけではありません。
犬舎で暮らす子たちが不幸せにならないようにすることは、
ブリーダーとしての私の最低限の責任です。
愛情をかけることは当たり前に、知識や経験という面でも
一般の飼い主さんよりも充実した環境を用意できている自負はあります。
ただ、どうしても「時間」という壁があるのです。
現在、うちの犬舎には約20頭の犬たちが暮らしています。
24時間という1日の時間は、誰にとっても平等に与えられています。
どんなに頑張っても、1日は24時間しかありません。
その24時間を20頭で割ると、
理論上、1頭あたりにかけられる時間には限りが出てきます。
もちろん実際には24時間ずっと付きっきりでいられるわけではありませんし、
食事の準備やお世話、掃除などの時間も必要です。
結果として、1頭1頭に向き合える時間は、
どうしても限られてしまいます。
一方で、一般のご家庭に迎えられた子はどうでしょうか。
その家族にとって、その子は唯一無二の存在になります。
お膝を独占できる。
散歩は自分だけのために行ってもらえる。
飼い主さんの視線は、常に自分に向けられている。
そういう環境で暮らすことができるのです。
「20頭の中の1頭」として暮らすのか、
「家族の中のたった1頭」として暮らすのか。
どちらが犬たちにとって幸せなのか、と考えたとき、
私は後者だと思っています。
だからこそ、ブリーディングを引退した子には
新しい家族を探すという選択をしています。
早期引退という選択
法律で定められた基準
まず、繁殖に関する法律的な基準についてお話しします。
2021年6月に施行された改正動物愛護法では、
犬の繁殖に関して明確な数値規制が設けられました。
具体的には、メス犬の生涯出産回数は6回まで、
交配時の年齢は原則6歳以下と定められています
(7歳に達した時点で生涯出産回数が6回未満の場合は、
7歳まで交配可能という例外規定があります)。
この規制の目的は、母体への過度な負担を避けることです。
出産は犬の体にとって大きな負担となりますし、
高齢での出産はさらにリスクが高まります。
法律を上回る早期引退
しかし、私は法律で定められた
基準ギリギリまで繁殖させることはしません。
6回の出産、6歳までの繁殖というのは、
あくまでも「上限」です。
犬種によっては難産のリスクが高い子もいますし、
個体によって体力や健康状態も異なります。
法律の基準を守っていれば良いというものではないと考えています。
うちの犬舎では、だいたい3歳、
遅くても4歳くらいで繁殖を引退させるようにしています。
早期に引退させることで、
その後の犬生を新しい家族のもとで過ごす時間を
長く確保したいという想いがあります。
もし6歳まで繁殖させて、その後に里親を探すとなると、
犬にとっての「セカンドライフ」の時間が短くなってしまいます。
イタリアングレーハウンドの平均寿命
は12〜15歳程度と言われていますから、
3〜4歳で引退すれば、新しい家族と10年近くの時間を
過ごせる可能性があります。
早く引退させて、早く新しい家族を見つける。
これが、私が考える犬たちのための最善の選択です。
「愛犬家」と「ブリーダー」の決定的な違い
「個」で見るか、「種」で見るか
ここで、愛犬家とブリーダーの根本的な
違いについてお話しさせてください。
愛犬家の方々は、目の前にいる「その子」を見ています。
うちの子、◯◯ちゃん、という「個体」として犬を見ています。
これは至極当然のことですし、
愛情の形として非常に尊いものです。
一方、ブリーダーには「種」として犬を見るという視点が求められます。
イタリアングレーハウンドという犬種、
日本スピッツという犬種が、
これから先も存続していくために何ができるか、という観点です。
私は元々動物園で働いていた経験があります。
動物園という世界では、
「個」ではなく「種」で動物を見ることが当たり前でした。
例えば、希少な動物の繁殖プログラムでは、個体の感情だけではなく、
種の保存という大きな目的のために様々な判断をします。
この経験があったからこそ、
今ブリーダーとして活動できているのかもしれません。
だからこそ手放せる
「個」として見ていたら、何年も一緒に暮らした子を手放すことなど、
とてもできません。
私だって、取り上げから育ててきた子を里親に出すのは寂しいです。
正直なところ、手放したくないという気持ちは常にあります。
でも、それは人間側の、私の感情です。
私が本当に大事にしなければいけないのは、
その子自身の幸せ、動物福祉という観点です。
私の寂しさや情は、判断の軸にしてはいけないと思っています。
「その子が幸せになれるかどうか」
——これだけが、絶対にブレてはいけない判断軸です。
寂しいから手放さない、情が移ったから手元に置いておく、
というのは、結局のところ人間のエゴです。
その子にとって何が最善なのかを考えたとき、
新しい家族のもとで暮らす方が幸せになれるのであれば、
送り出すべきだと考えています。
里親選びは子犬の家族選びとは全く違う
成犬の性格は「完成形」
里親の家族探しについて、よく誤解されることがあります。
「イタグレの飼育経験が豊富だから大丈夫」
「何十年も犬を飼ってきたから任せてほしい」
そういったお声をいただくこともありますが、
申し訳ありませんが、飼育経験の長さだけで
里親をお願いできるわけではありません。
なぜなら、成犬の里親選びは、
子犬の家族選びとは根本的に異なるからです。
子犬は、生後2〜3ヶ月でご家庭に迎えられることが多いですが、
この時点では性格はほとんど固まっていません。
犬の性格は、先天的な要素(遺伝)と後天的な要素(環境)の両方で決まると言われています。
研究によると、これらの要素がほぼ半々くらいの割合で性格形成に影響を与えるそうです。
特に重要なのが「社会化期」と呼ばれる時期です。
一般的に生後3週齢から12〜13週齢くらいまでの期間を指し、
この時期にどのような経験をするかが、
その後の性格やストレス耐性に大きく影響します。
社会化期の子犬は警戒心よりも好奇心が勝っており、
様々なことを柔軟に受け入れることができます。
つまり、子犬の時点では「遺伝的な傾向」は持っていても、
その後の環境次第で性格は大きく変わりうるということです。
子犬をお迎えいただければ、ご家庭の色に染まっていく可能性が高い。
それが子犬ならではの特徴です。
成犬は「その子に合う家庭」を探す
一方、引退犬、つまり成犬はどうでしょうか。
3歳、4歳の成犬は、すでに性格がほぼ完成しています。
例えば、うちで暮らしているラッキーという子は、
かなりクールな性格です。遊ぶことは好きなのですが、
人間と遊ぶのが好きなタイプで、
他の犬と一緒に走り回るということはあまりしません。
ボールを追いかけたり、ルアーコーシングを楽しんだり、
一緒に散歩に行ったりする方を好みます。
この性格を、今から「他の犬と仲良く遊べる子」に変えることは、
不可能ではないかもしれませんが、非常に時間がかかりますし、
その子にとってストレスになる可能性もあります。
ですから、成犬の里親探しでは、
「その子の性格に合う家庭」を探すことになります。
子犬の場合は「
どんな家庭でも、その家庭に合わせて育っていく」可能性が
高いのですが、
成犬の場合は
「その子の性格に合った家庭を見つけることが大切」なのです。
里親選びで私が重視すること
「経験」よりも「相性」
里親を募集すると、本当にありがたいことに、
たくさんのお問い合わせをいただきます。
私たちが重視しているのは飼育経験の長さではありません。
「その子の性格」と「ご家族の理想の犬との暮らし」が合っているかどうか——これだけです。
例えば、「犬と一緒にドッグランで他の犬と遊ばせたい」という理想をお持ちの方に、
他の犬と遊ぶのがあまり好きではない子をお渡ししても、
お互いに幸せになれません。
その子にとっては苦手なことを強いられることになりますし、
飼い主さんにとっては
「思っていたのと違う」ということになってしまいます。
逆に、「一緒に静かに過ごしたい」「マイペースな子がいい」という方には、
クールな性格の子がぴったりかもしれません。
私は3年、4年、その子と一緒に暮らしてきて、
その子の性格を深く理解しています。
何が好きで、何が苦手か。どんな環境でリラックスできるか。
どんな遊びを喜ぶか。
その知識をもとに、里親さんとじっくりお話をして、
本当にその子に合うご家庭かどうかを判断しています。
慎重に、じっくりと
だからこそ、里親選びは子犬の家族探しよりも
はるかに慎重に進めています。
何度もお話をさせていただき、ご家庭の環境やライフスタイル、
犬との暮らしに対する理想などをお聞きします。
場合によっては、何度かお会いして、
実際にその子との相性を見ていただくこともあります。
「早く決めてほしい」と思われるかもしれませんが、
ここで妥協してしまうと、結局その子が幸せになれない可能性があります。里親選びは、その子の人生を左右します。
慎重すぎるくらいでちょうどいいと思っています。
なぜ私は自分で里親を探すのか
保護団体への引き渡しという選択肢
ブリーダーの中には、繁殖を引退した親犬を自分で里親募集せず、
保護団体に引き渡すという選択をする方もいらっしゃいます。
保護団体がその後の里親探しを代行してくれるというシステムです。
このシステム自体を「悪いこと」とは言いません。
保護団体の方々も、
犬たちの幸せを願って活動されていることは理解しています。
ただ、正直に言うと、私はこの方法を選びたくありません。
その子を一番知っているのは誰か
理由はシンプルです。
その子のことを一番よく知っているのは、
何年も一緒に暮らしてきたブリーダー本人のはずだからです。
先ほどお話ししたように、成犬の里親選びで最も大切なのは
「その子の性格に合った家庭を見つけること」です。
何が好きで、何が苦手か。どんな環境でリラックスできるか。
どんな遊びを喜ぶか。他の犬との相性はどうか。
これらを熟知しているのは、毎日その子と接してきたブリーダーです。
その知識があるからこそ、より良い家族を探し、
見つけることができると思っています。
責任を最後まで持つということ
保護団体に引き渡すということは、言い方を変えれば、
その大切な「家族探し」という仕事を他者に委ねるということです。
もちろん、様々な事情でそうせざるを得ないケースもあるでしょう。
すべてのブリーダーを批判するつもりはありません。
ただ、私個人としては、自分が繁殖に携わった子の人生には、
最後まで責任を持ちたいと考えています。
また、保護団体を経由することで「保護犬」という位置づけになり、
譲渡金という形で費用が発生する仕組みにも、少し疑問を感じる部分があります。
もちろん、保護活動には費用がかかりますし、
それ自体を否定するわけではありません。
ただ、元を辿ればブリーダーのもとで生まれた子が「保護犬」として流通していく構図には、
何か違和感を覚えてしまうのです。
批判ではなく、自分の信念として
誤解のないように言っておくと、
これは他のブリーダーや保護団体を批判したいわけではありません。
シンプルに、「繁殖から引退後の家族探しまで、すべてブリーダーが責任を持って行うべき」というのが、私の考え方だということです。
自分で繁殖させた以上、その子の一生に責任を持つ。
里親探しという大切な仕事を他者任せにしない。
それが、ブリーダーとしての私の信念です。
子犬を迎えるか、里親を迎えるか
最後に、これから犬を迎えようと考えている方へ。
子犬を迎えるのも、里親(成犬)を迎えるのも、
どちらも素晴らしい選択です。
どちらが良い、悪いということはありません。
ただ、それぞれの特徴を理解した上で選んでいただけたらと思います。
子犬を迎える場合:
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性格はまだ固まっておらず、ご家庭の環境や育て方によって大きく変わる可能性がある
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社会化期の過ごし方が重要なので、最初の数ヶ月はしっかりと時間をかける必要がある
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子犬時代の可愛らしさを存分に楽しめる
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基本的なしつけは飼い主さんが行う必要がある
里親(成犬)を迎える場合:
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性格はほぼ完成しているので、「どんな子か」が分かった上で迎えられる
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犬舎での生活で身についている
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子犬時代は経験できないが、落ち着いた関係を最初から築きやすい
どちらを選んでも、その子にとって「最高の家族」になるという気持ちさえあれば、幸せな犬生を送らせてあげることができると思います。
おわりに—より良い方法があれば、変えていく
今回お話しした内容は、あくまでも「現時点での私の考え」です。
もし今後、もっと良い方法が見つかれば、積極的に取り入れていきたいと思っています。
大切なのは、「自分のやり方」を守ることではなく、
「犬たちの幸せ」を追求することだからです。
繁殖引退犬の里親探しについて、「なんで手放すの?」という疑問を持たれる方も多いと思います。
この記事を通じて、少しでも私の考えをご理解いただけたら嬉しいです。
そして、もし里親に興味を持ってくださった方がいらっしゃれば、
ぜひお気軽にお問い合わせください。
慎重にお話を進めさせていただきますが、
その子にとって最高の出会いになれば、これほど嬉しいことはありません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
参考情報
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動物の愛護及び管理に関する法律(令和3年6月施行):メス犬の生涯出産回数は6回まで、交配時の年齢は原則6歳以下と規定
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犬の社会化期:一般的に生後3週齢〜12〜13週齢頃とされ、この時期の経験が性格形成に大きく影響
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犬の性格形成:先天的要素(遺伝)と後天的要素(環境)がほぼ半々の割合で影響するとされる